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例えば京都で100軒の新しい店ができれば、それらのほとんど全てが、「これまでになかった素晴らしい店」だと評価されるのだが、他の分野でそんなことはあり得ない。文学の世界でもたくさんの新人作家が誕生するが、そのうち高い評価を得られるのは、ごく少数であって、多くは鳴かず飛ばずというのが現状なのである。映画や音楽、舞台でも同様だろうと思う。

 プロの評論家が絶賛し、連日満席が続くような映画や舞台は、一年に数えるほどしかないだろう。それに比べて、いかに食の世界における評論が異常かが分かる。もちろん誹謗中傷は論外だが、飲食店だけが全て絶賛されるのは、いびつとしか言いようがない。新しくオープンする店の料理人が全て、「新星」で、「史上最高」の料理が出てくるようだが、それをアスリートにたとえるなら、連日記録を更新する選手ばかり、ということになる。以前ほどではないが、それでも評判を聞いて新しい店に出向くことがあるが、もう一度足を運びたくなるのは、そのうちの2割にも満たない。

 普通に考えれば、各人が満足のいく店は5割ほどのはず。それがなぜ10割近くになるのか。それは店に取り入りたいからなのである。おもねる言葉を連ねることで、店に気に入られ、少しでも居心地を良くしたい。それゆえの美辞麗句なのだろうと思う。

 そこが他の分野との違いだ。飲食店はかならず店側の人間と対面し、見知った関係になるが、作家や俳優、歌手と顔見知りになることは稀なので、言いたいことを言える。だが、飲食店だとそうはいかない。批判的なことやネガティブなことを書けば、当然ながら次回の居心地が悪くなる。

 これらは多くアマチュアの話だが、プロのグルメライターとなると、また別の理由があって、それが飯のタネ、だからだ。飲食業界が盛り上がることを否定しているわけではないが、過大評価されることで、店側が日々の研鑽をおろそかにするのではないか、と危惧しているのだ。

 それが杞憂に終わればいいのだが、残念ながら、店と客のいびつな関係は、コロナ禍でも、収束状態でも変わることなく続いている。店と客が真っ当な関係を築くためには、互いが対等であることを再認識する必要がある。力関係で言えば、今は飲食店側が強く、客が弱い傾向にあるのだが、それをフラットにするために、まずは正しい「食語」を使うようにせねばならない。

 客が神さまではないように、料理人もまた神さまではない。連載100回を迎えて、今その思いを新たにしている。
柏井壽(かしわい・ひさし)
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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