

食語の心 第98 回
作家 柏井壽
外食の行く末
新しい生活様式という言葉が聞こえ始めた令和2年の春からすでに1年半近くが経ち、新しい、などという未来志向のイメージとは程遠い、暗澹たる生活が続いている。その責は誰が負うべきか、元凶はどこにあったのか、はきっとこれから明らかになるだろうから、ここでは触れずにおく。
ただ一つ明らかなのは、コロナ前はあれほどもてはやされ、華やかな世界として人気を博していた外食産業が、手ひどい打撃を受けてきたということだ。外食することを制限すれば感染拡大を抑えられる。そんな妄想を抱いた専門家集団によって、飲食店は厳しい制限を受け、いくばくかの協力金と引き換えに、自粛を余儀なくされ続けた。
そんななか、飲食店側の対応はさまざまに分かれた。全面休業して恭順の意向を示す店もあれば、反旗を翻し、お上に抵抗する店も少なくなかった。いずれにせよ、それぞれが知恵を絞り、工夫を凝らして難局を乗り切ろうとしていることは疑う余地もない。なんとかして、前向きな姿勢で難局を乗り切ろうとする店を見ていて気付いたのは、既存の食を新たな切り口で展開していることだ。
象徴的なのは鰻うなぎ料理だろうか。京都にも何店かの飲食店を開いている際コーポレーションの「にょろ助」という鰻料理店が、すこぶる評判を呼んでいる。この原稿を書いている時点で、全国に10店舗以上展開しているから、好調のようだ。
鰻料理と言えば高級、高額というイメージがあり、さらには老舗も少なくなく、なんとなくハードルの高さを感じてしまうものだが、抑えた価格に、ユーモラスな店名も相まって、ふらりと入りやすい店になっている。味わい、ボリューム、待ち時間、のどれをとっても、既存の多くの鰻料理店と比べ、優位に立っていることは否めない。この店の鰻を食べた客たちは、鰻が身近な存在になったと感想を述べている。鰻料理革命を起こした、と言っても決して過言ではないだろう「にょろ助」は、コロナ禍がなければ、ここまで発展しなかったのではないかと思う。
ただ一つ明らかなのは、コロナ前はあれほどもてはやされ、華やかな世界として人気を博していた外食産業が、手ひどい打撃を受けてきたということだ。外食することを制限すれば感染拡大を抑えられる。そんな妄想を抱いた専門家集団によって、飲食店は厳しい制限を受け、いくばくかの協力金と引き換えに、自粛を余儀なくされ続けた。
そんななか、飲食店側の対応はさまざまに分かれた。全面休業して恭順の意向を示す店もあれば、反旗を翻し、お上に抵抗する店も少なくなかった。いずれにせよ、それぞれが知恵を絞り、工夫を凝らして難局を乗り切ろうとしていることは疑う余地もない。なんとかして、前向きな姿勢で難局を乗り切ろうとする店を見ていて気付いたのは、既存の食を新たな切り口で展開していることだ。
象徴的なのは鰻うなぎ料理だろうか。京都にも何店かの飲食店を開いている際コーポレーションの「にょろ助」という鰻料理店が、すこぶる評判を呼んでいる。この原稿を書いている時点で、全国に10店舗以上展開しているから、好調のようだ。
鰻料理と言えば高級、高額というイメージがあり、さらには老舗も少なくなく、なんとなくハードルの高さを感じてしまうものだが、抑えた価格に、ユーモラスな店名も相まって、ふらりと入りやすい店になっている。味わい、ボリューム、待ち時間、のどれをとっても、既存の多くの鰻料理店と比べ、優位に立っていることは否めない。この店の鰻を食べた客たちは、鰻が身近な存在になったと感想を述べている。鰻料理革命を起こした、と言っても決して過言ではないだろう「にょろ助」は、コロナ禍がなければ、ここまで発展しなかったのではないかと思う。