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雄節がいいのか、雌節がいいのか、押して削るか、引いて削るか。ただかつお節を削るといっても、いろんな選択肢があり、それを試しつつ味見するのも楽しい。そうして削ったかつお節を使って出汁を引くには、どれぐらいの分量を、どんな温度で扱えばいいのか、も試すに至っては、日がな一日費やしても、まだまだ足りないほどだ。

 理屈で分かっていたつもりでも、実際に手掛けると、さまざまなことが分かってくる。なるほど。何度もひざを打ちながら、せっせとかつお節を削り、その香りと味に酔う。
 パック詰めされたかつお節に慣れてしまった舌に、削り立てのかつおは新鮮な驚きを与えてくれる。その最たるものは、かつお節そのものがおかずになるということだ。
 炊き立てのご飯に削り立てのかつおをたっぷり載せ、わさびを少し加えて、しょうゆを掛けてかっこむ。こんなシンプルなものが、心にしみこむほどおいしい。
 こうなると、わさびもチューブ入りではなく、本わさびをおろしたい。しょうゆもありきたりではないものを、お米も厳選したものを土鍋で炊いて、とすべてを極めたくなって、
割烹ごっこの様相を呈してくる。
 こうして、ていねいに料理を作ると、存外しろうとでも簡単にまねられることと、プロにしかできないものがあることの見極めがつくようになった。予想通りではあるが、パフォーマンス的なる調理は前者だった。言い換えれば、深遠なプロの味わいというものは、実は地味なものだということだ。一見すると簡単そうで、なにげなく行っているしぐさの陰にこそ、匠の技がある。実践してみて初めて分かることだ。

 つまりは、たとえカウンター割烹であったとしても、事前の仕込みだとか、下ごしらえに最大限の力を注いでいることで、おいしい料理が出来上がるのだということを知る。プロのように厳選した食材を仕入れることは、経済的にも物理的にも難しいが、そのぶん手を掛けることで、十分おいしい料理ができる。ていねいな調理こそが、家ご飯を充実させる最大の秘訣だという、当たり前のことを気づかせてくれたとすれば、長く続く自粛生活のいくらかの功績だと言えなくもない。

 とはいえ、三度三度の食事に多くの手間暇を掛けることも、仕事に差し支えるし、何よりもくたびれてしまう。ていねいに調理するときと、手を抜くときのバランスを取って、メリハリをつけないと疲れる。

 そこで出番となるのが、レトルトや冷凍などの調理済み食品だ。それも、手軽を売りにするモノではなく、プロの技を生かした高級志向の本格レトルトをうまく活用すれば、俄然我が家の食卓が豊かになった。その代表がカレーで、なんと大阪は北新地発のレトルトカレーに出合い、その旨さに舌を巻いたのである。次回はその話を書こうと思う。
柏井壽(かしわい・ひさし)
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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