その後は「出汁の素」なる粉末調味料が全盛となり、続いてペットボトルに入った液体の「出汁の素」も使われるようになり、削り器どころか、かつおぶしそのものも、おおかたの家庭から姿を消してしまった。それゆえかどうか、は分からないが、近年はカウンター割烹で、料理人が客の目の前でかつおぶしを削り、出汁を引くというパフォーマンスが流行になっているようだ。今の若い人たちは、かつおぶしに触れるのも初めてなら、削り器を見たこともないようで、盛んにこれをスマートフォンで撮影し、SNSに投稿するのだそうだ。
デジャビュ。その投稿写真を見て、以前にもこれとおなじような光景を見たな、と。思い当たったのは、土鍋で炊くご飯だ。その嚆矢となったのは、京都銀閣寺畔で暖簾を掲げる「草喰料理」のお店。ご飯と目刺しがメインディッシュといううたい文句で一世を風靡した。カウンター客の目の前にしつらえられた竈かまどに土鍋を掛け、そこで炊き上がったご飯を、土鍋ごと客に披露する。つやつやと白く輝くご飯からは、ゆらゆらと湯気が上がり、客はその瞬間を逃さじとばかり、カメラのレンズを向ける。
炊飯器で炊くなら、まだましなほうで、パックご飯で済ますような風潮がはびこる時代に、土鍋で炊き上げるご飯は、新鮮に映ったようで、またたく間に土鍋ご飯ブームが巻き起こった。多くのカウンター割烹がこれを真似、炊く前の土鍋と、炊き上がったご飯の入った土鍋を、客の前でプレゼンテーションするのが、当然のようになってしまった。本来は楽屋裏で行うことが、表舞台に出るようになったのである。
歌舞伎にたとえるなら、舞台の上で隈取りするようなものだと思うのだが、食はエンターテインメントだとする風潮からすれば、さほど不自然に映らないのかもしれない。その土鍋ご飯の延長線上に出現したのが、出汁取りである。炊飯器以外でご飯を炊いたことがない人と同じく、粉末や液体調味料しか使ったことのない人には、かつおぶしを削って、出汁を引く様子など、まるでマジックを見るようなものなのだろう。さらには、そうして引いた出汁に味を付けることなく、客に供し味見をさせる。
当然のごとく、客は感嘆の声をあげ、写真におさめ、SNSで投稿する。やがて、これを真似る店が次々と出現する。土鍋ご飯の次はかつおぶし削り、という図式だ。これらが客に対する啓蒙となればいいのだが、どうもそうではないようで、土鍋でご飯を炊く家庭が急増したかと言えば、そんな様子は見られず、テレビの料理番組などでは、相変わらず「時短」を打ち出すことが少なくない。
かつおぶし削り器が爆発的に売れて品切れになる。というようなことにはならないだろうと思うが、料理の原点を見直すきっかけにはなる。
次回はそんな話をしよう。
デジャビュ。その投稿写真を見て、以前にもこれとおなじような光景を見たな、と。思い当たったのは、土鍋で炊くご飯だ。その嚆矢となったのは、京都銀閣寺畔で暖簾を掲げる「草喰料理」のお店。ご飯と目刺しがメインディッシュといううたい文句で一世を風靡した。カウンター客の目の前にしつらえられた竈かまどに土鍋を掛け、そこで炊き上がったご飯を、土鍋ごと客に披露する。つやつやと白く輝くご飯からは、ゆらゆらと湯気が上がり、客はその瞬間を逃さじとばかり、カメラのレンズを向ける。
炊飯器で炊くなら、まだましなほうで、パックご飯で済ますような風潮がはびこる時代に、土鍋で炊き上げるご飯は、新鮮に映ったようで、またたく間に土鍋ご飯ブームが巻き起こった。多くのカウンター割烹がこれを真似、炊く前の土鍋と、炊き上がったご飯の入った土鍋を、客の前でプレゼンテーションするのが、当然のようになってしまった。本来は楽屋裏で行うことが、表舞台に出るようになったのである。
歌舞伎にたとえるなら、舞台の上で隈取りするようなものだと思うのだが、食はエンターテインメントだとする風潮からすれば、さほど不自然に映らないのかもしれない。その土鍋ご飯の延長線上に出現したのが、出汁取りである。炊飯器以外でご飯を炊いたことがない人と同じく、粉末や液体調味料しか使ったことのない人には、かつおぶしを削って、出汁を引く様子など、まるでマジックを見るようなものなのだろう。さらには、そうして引いた出汁に味を付けることなく、客に供し味見をさせる。
当然のごとく、客は感嘆の声をあげ、写真におさめ、SNSで投稿する。やがて、これを真似る店が次々と出現する。土鍋ご飯の次はかつおぶし削り、という図式だ。これらが客に対する啓蒙となればいいのだが、どうもそうではないようで、土鍋でご飯を炊く家庭が急増したかと言えば、そんな様子は見られず、テレビの料理番組などでは、相変わらず「時短」を打ち出すことが少なくない。
かつおぶし削り器が爆発的に売れて品切れになる。というようなことにはならないだろうと思うが、料理の原点を見直すきっかけにはなる。
次回はそんな話をしよう。

柏井壽(かしわい・ひさし)
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。