PAGE...1|2
 
ことは食パンだけではない。ありとあらゆる食が、「ほかとは少しばかり違う」ことをうたい文句に、高額化を進めるようになった。食材そのものを差別化することもあれば、調理法を差別化することで、価格を上げることもある。何かしらで付加価値を持たせて、高額化を図る。

 その流れが加速するなかでのコロナ禍は、様相を一変させるに十分過ぎる打撃を与えた。遠方へ出かけることは自粛せざるを得なくなり、特別な食が遠ざかるようになってまった。そうなると、やむを得ず、不本意ながら、身近な普通の食で済まさざるを得ない。

 人間というのは不思議なもので、それしか術がなくなってみると、思いのほか満足感を得られるようになるのだ。

「意外とイケるじゃないか」
 
普通の食で十分満ち足りる。そんな声がSNSでも多く見られるようになったのは、皮肉と言えば皮肉な話である。

 コロナ禍の第一波、第二波のころは、短期決戦で終わるだろうと高をくくり、特別な食を取り寄せることに熱心だった人たちも、長期戦を覚悟し始めたころから、身近な普通の食を見直すようになった。明らかに潮目が変わったのである。

 かく言うぼくも同じだ。オムライスが食べたくなったら、足を延ばしてAという洋食屋へ行き、蕎麦が食べたくなれば、小一時間掛けてBへ出向いていたが、種々の条件が重なり、それがかなわなくなった。家で作ってもいいのだが、それも面倒なので、近くの食堂Cに行ってみた。麺類、丼物から、洋食、寿司、中華まで、なんでもメニューに載っている店で、広い店のなかはほぼ満席。まったく期待せずに食べたオムライスが、実においしい。チキンのこま切れが少しばかり。タマネギとグリンピースがたっぷり入った、ケチャップまみれのチキンライスは、懐かしいオーソドックスな味わい。薄焼き玉子でカッチリ包み、ケチャップソースがとろり。それでいてAの半額以下。

「これでいいんだなぁ」

 思わず独りごちて、それからは毎日のようにランチをCで取るようになった。

 揚げ立て天ぷらが載った蕎麦も十分おいしい。家庭的な焼飯も、助六寿司も十分おいしい。

「これがいいんだなぁ」

 毎回そうつぶやきながら食べる、普通の食がなんともありがたい。かねてからの持論が、ますます現実味を帯びてきた。

かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
PAGE...1|2
LINK
GOURMET
作家 柏井壽「食語の心」第92回
>>2021.3.8 update
GOURMET
食語の心 第99 回
>>2022.2.18 update
GOURMET
食語の心 第100 回
>>2022.2.18 update
GOURMET
食語の心 第98 回
>>2021.11.19 update
GOURMET
食語の心 第17回
>>2014.9.16 update

記事カテゴリー