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懐石料理のあしらいとしても、山椒は春を知らせる重要な役目を担っていて、木の芽は三月から四月中に使うものと決められている。花山椒は五月の初めころのみ、すこぶる短期間だけ使われる。つまり木の芽は春を告げ、花山椒は夏の訪れを告げる、料理の引き立て役とされている。
 懐石料理ほど厳格ではなくとも、日本料理を標榜(ひょうぼう)するからには、少なくとも花山椒は、肌寒さを感じる初春にはふさわしくない。
 そんな決まりごとを知ってか知らずか、とある東京の割烹(かっぽう)店では、まだ桜も咲いていないというのに、花山椒鍋をコースのメイン料理として提供していた。
 近ごろ東京では、すき焼き風の味付けをした牛肉の花山椒鍋が流行しているらしく、例によってグルメブロガーさんたちが、いち早く食べた自慢を競い合っている。
 筍(たけのこ)や松茸(まつたけ)と同じく、花山椒も季節感をよそに、いかにして人より先んじて食べるか、に躍起になっている食通が年々増え続けている。
 再三書いてきたように、SNSで投稿して、羨(うらや)ましがらせることが第一義になっているのである。
 旬のものに比べて、走りの食材は希少ゆえ、高価になるのは当然のことで、物好きな客が居るものだ、と高みの見物を決め込んでいたが、それが顕著になってきて、大きな弊害が出てくるに至っては、黙って見過ごすわけにはいかない。
 長く通い詰めている京都の割烹店で、年々、花山椒が手に入り辛(づら)くなってきていると聞いた。
 それは不作だからではなく、高額で買い占める業者が急増しているからだという。倍々ゲームどころか、昨年に比べて数倍の価格になっているというのだから、あきれるばかりだ。お金にあかして、という昨今のグルメブームは、ここに極まった感がある。
 高額、予約困難、会員制などなど、店と客が一体になって、ハードルを上げ、そこに入り込んだ自慢は、留(とど)まるところを知らないようだ。困ったことである。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。
『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』
(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。
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