それもしかし当然のことであって、およそ40年前は、日本でいう木賃宿のようなホテルに泊まり、大衆食堂のようなレストランで食事を済ます毎日だったが、今回はそれなりに名の知れたホテルに泊まり、ときには星付きのレストランで食事したりしたのだから。
郷に入っては郷に従え。その言葉どおり、奨(すす)めにしたがって食べたあれこれは、どれもとてもおいしかった。同じ料理であっても、日本で食べるそれとは違っていたが、それなりに愉(たの)しむことができた。
たとえばマルセイユで食べたブイヤベース。
マルセイユの港近くにあって、観光客の姿をほとんど見かけない店。日本でたとえるなら、魚市場で漁師たちが腹を満たすような店。
席に着くとまず、細切れにしたバゲットが籠に盛られて出てきた。カリカリのそれは、その後に出てくるスープにつけて食べよと、シェフが指示した。そのスープこそがブイヤベースのエキスであって、スープを吸ったバゲットは濃密な味わいで、これだけで立派な前菜となった。
スープに浸して膨らんだバゲットでお腹を満たしたところで、真打ちのブイヤベースの具がテーブルに登場。
オマールやら貝類やら魚がぎっしりと皿に盛られ、つまりはブイヤベースが二段階に分かれて出てきたというわけだ。
ところ変われば品変わる。まさにそれを地で行く料理。スープに浸すバゲットは、日本でいうなら、鍋ものの締めの雑炊。後から出てくるべきものだろう。先に具の魚介を食べてから、後でスープ浸しバゲットを食べたいと思ったものだが、これもまた食文化の違いというもの。
あるいはエクサンプロヴァンスのレストランでランチに食べたムール貝。
日本なら3人前ほどは優にありそうな大量のムール貝。これが大盛りなどではなく、レギュラーサイズだというから驚くばかり。これが前菜でメインは後から出てくると聞いて二度びっくり。
日本人とは比較にならないほどの体格が、そのボリュームを欲するに違いない。彼ら彼女らから見れば、日本の懐石料理などは、ままごとにしか見えないだろうと思う。
欧州から来日した要人が、京都の料亭で食事をし、懐石料理のコースが食後の抹茶まで進んだとき、
――ところで、いつメインの料理は出てくるのだ?――
ときいたという話は、まんざらジョークでもなさそうだ。
ボリュームのある前菜とメイン、そしてたっぷりのデザート。この三つで構成されるのが西洋流の基本なのだろう。
もちろん日本料理にも影響されて、多品種少量のコースを仕立てるヌーヴェルレストランも増えてきてはいるが、かの国の根本は、三段階方式の食事だろうと推測される。
最初は違和感があったが、なるほどこれも合理的だなと思い始め、どこかで一汁一菜に通底しているようにも思え、やはり日本の食文化は特殊なのだろうという結論に至った。
海外、とりわけ欧州では和食が空前のブームだと聞いていたが、現地では微塵(みじん)もそんな空気は感じなかった。その唯一の例外はまた次回に。
郷に入っては郷に従え。その言葉どおり、奨(すす)めにしたがって食べたあれこれは、どれもとてもおいしかった。同じ料理であっても、日本で食べるそれとは違っていたが、それなりに愉(たの)しむことができた。
たとえばマルセイユで食べたブイヤベース。
マルセイユの港近くにあって、観光客の姿をほとんど見かけない店。日本でたとえるなら、魚市場で漁師たちが腹を満たすような店。
席に着くとまず、細切れにしたバゲットが籠に盛られて出てきた。カリカリのそれは、その後に出てくるスープにつけて食べよと、シェフが指示した。そのスープこそがブイヤベースのエキスであって、スープを吸ったバゲットは濃密な味わいで、これだけで立派な前菜となった。
スープに浸して膨らんだバゲットでお腹を満たしたところで、真打ちのブイヤベースの具がテーブルに登場。
オマールやら貝類やら魚がぎっしりと皿に盛られ、つまりはブイヤベースが二段階に分かれて出てきたというわけだ。
ところ変われば品変わる。まさにそれを地で行く料理。スープに浸すバゲットは、日本でいうなら、鍋ものの締めの雑炊。後から出てくるべきものだろう。先に具の魚介を食べてから、後でスープ浸しバゲットを食べたいと思ったものだが、これもまた食文化の違いというもの。
あるいはエクサンプロヴァンスのレストランでランチに食べたムール貝。
日本なら3人前ほどは優にありそうな大量のムール貝。これが大盛りなどではなく、レギュラーサイズだというから驚くばかり。これが前菜でメインは後から出てくると聞いて二度びっくり。
日本人とは比較にならないほどの体格が、そのボリュームを欲するに違いない。彼ら彼女らから見れば、日本の懐石料理などは、ままごとにしか見えないだろうと思う。
欧州から来日した要人が、京都の料亭で食事をし、懐石料理のコースが食後の抹茶まで進んだとき、
――ところで、いつメインの料理は出てくるのだ?――
ときいたという話は、まんざらジョークでもなさそうだ。
ボリュームのある前菜とメイン、そしてたっぷりのデザート。この三つで構成されるのが西洋流の基本なのだろう。
もちろん日本料理にも影響されて、多品種少量のコースを仕立てるヌーヴェルレストランも増えてきてはいるが、かの国の根本は、三段階方式の食事だろうと推測される。
最初は違和感があったが、なるほどこれも合理的だなと思い始め、どこかで一汁一菜に通底しているようにも思え、やはり日本の食文化は特殊なのだろうという結論に至った。
海外、とりわけ欧州では和食が空前のブームだと聞いていたが、現地では微塵(みじん)もそんな空気は感じなかった。その唯一の例外はまた次回に。

かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。