なぜそんな誤解が生じたかと言えば、子どもの頃から、ある洒落言葉を聞かされていたからである。
上方落語に出てくる言葉に〈夏のハマグリ〉がある。縁日の市に出ている古道具屋が、「また夏のハマグリか」と嘆く場面がある。どういう意味かと言えば、夏のハマグリは身が腐るが貝は腐らない、ということ。なにわ言葉で言うと「身ぃ腐って貝腐らん」。それを「見ぃくさって買いくさらん」と置き換える。つまり、見るだけで買わない客、というわけだ。
この言葉が印象に残っているせいで、ハマグリは夏に食べるものではない、と思いこんでいたのである。
本題に戻る。誘いに乗って食べたハマグリ料理の数々。それはもう至福と言ってもいい味わいで、ハマグリがこれほど美味しいものだとは思ってもいなかった。
そして食材としてのハマグリは、いくら食べても食べ飽きないというのが、最大の特色である。
桑名名物の、ハマグリのしゃぶしゃぶから、煮ハマグリに、焼きハマグリ。果てはハマグリのフライまで、どう料理しても美味しいので、いったい何個のハマグリを食べたか、数えきれないほどだった。
無類のカキ好きを自任する僕だが、それでも、カキ尽くし料理を堪能すれば、しばらくはカキの殻も見たくなくなるのだが、ハマグリは違う。
翌朝になると、またハマグリを食べたくなったのだ。
古くからの桑名名物に、ハマグリのしぐれ煮という佃煮(つくだに)があり、これを茶漬けにすると、ハマグリのエキスがお茶に染み出して、なんとも言えず風雅な味わいになる。シジミの味噌(みそ)汁と同じく、二日酔いの朝には恰好(かっこう)の汁ものとなる。
これもしかし、外来のハマグリを使ったものと、桑名産の地ハマグリを使ったものでは、その味わいに格段の差がある。それも現地まで足を運んでこそ分かる話だ。
迷うことなく、ランチもまたハマグリ料理のお店へ。コンロで自分で焼きながら食べる焼きハマグリから、ハマグリフライを串に刺した串カツまで、素材はすべてハマグリという徹底ぶり。
ハマグリという食材の、もうひとつの特色は、どんな味付けにしても美味しいということ。
ハマグリフライを例に取ると、レモン塩、タルタルソース、ウスターソース、醤油(しょうゆ)タレと、どんな調味料とも好相性を見せる。
現地に足を運んでの、味の大発見。これぞ旅の醍醐味(だいごみ)である。
上方落語に出てくる言葉に〈夏のハマグリ〉がある。縁日の市に出ている古道具屋が、「また夏のハマグリか」と嘆く場面がある。どういう意味かと言えば、夏のハマグリは身が腐るが貝は腐らない、ということ。なにわ言葉で言うと「身ぃ腐って貝腐らん」。それを「見ぃくさって買いくさらん」と置き換える。つまり、見るだけで買わない客、というわけだ。
この言葉が印象に残っているせいで、ハマグリは夏に食べるものではない、と思いこんでいたのである。
本題に戻る。誘いに乗って食べたハマグリ料理の数々。それはもう至福と言ってもいい味わいで、ハマグリがこれほど美味しいものだとは思ってもいなかった。
そして食材としてのハマグリは、いくら食べても食べ飽きないというのが、最大の特色である。
桑名名物の、ハマグリのしゃぶしゃぶから、煮ハマグリに、焼きハマグリ。果てはハマグリのフライまで、どう料理しても美味しいので、いったい何個のハマグリを食べたか、数えきれないほどだった。
無類のカキ好きを自任する僕だが、それでも、カキ尽くし料理を堪能すれば、しばらくはカキの殻も見たくなくなるのだが、ハマグリは違う。
翌朝になると、またハマグリを食べたくなったのだ。
古くからの桑名名物に、ハマグリのしぐれ煮という佃煮(つくだに)があり、これを茶漬けにすると、ハマグリのエキスがお茶に染み出して、なんとも言えず風雅な味わいになる。シジミの味噌(みそ)汁と同じく、二日酔いの朝には恰好(かっこう)の汁ものとなる。
これもしかし、外来のハマグリを使ったものと、桑名産の地ハマグリを使ったものでは、その味わいに格段の差がある。それも現地まで足を運んでこそ分かる話だ。
迷うことなく、ランチもまたハマグリ料理のお店へ。コンロで自分で焼きながら食べる焼きハマグリから、ハマグリフライを串に刺した串カツまで、素材はすべてハマグリという徹底ぶり。
ハマグリという食材の、もうひとつの特色は、どんな味付けにしても美味しいということ。
ハマグリフライを例に取ると、レモン塩、タルタルソース、ウスターソース、醤油(しょうゆ)タレと、どんな調味料とも好相性を見せる。
現地に足を運んでの、味の大発見。これぞ旅の醍醐味(だいごみ)である。

かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。