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全く予想もしていなかったが、なんとスパークリングワインがあるらしい。もう、それだけで行く価値ありだと思い、早速その夜の予約をした。
 ガラガラと引き戸を開け、靴を脱いで上がり込む。掘りゴタツ式になったテーブルが3つ4つ。奥にはカウンター席があり、ここもまた掘りゴタツスタイル。
 ブックスタイルの定番メニューは、和食全般何でもありの、豊富な品ぞろえ。加えて手書きの本日のお薦めメニューもあって、目移り必至。まずはスパークリングワインのボトルを頼んでじっくりと品選び。
 目に付いたのは、本日の八寸(はっすん)。つまりは前菜盛り合わせだ。とりあえずこれを頼んで様子を見る。
 居酒屋でいうところのお通し、先附(さきづけ)が出てきて、ここで既に合格点。料理そのものもだが、器がいい。盛付が上品。ホッとひと安心して肩の力を抜いた。
 カウンター席といっても、全てが目の前で調理されるのではなく、ほとんどの料理は、奥の厨房で作られる。今はなき名店「桜田」と同じような感じだと言えば、分かる人には分かるはず。
 あまりにもパフォーマンスが過ぎる今どきのカウンター割烹よりは、こちらのスタイルのほうが清々しく感じてしまう。
 結論から言えば、大満足だった。
 何度か通ううちに分かったのだが、経営母体が、京都の食通の間では名の知れた鮮魚商で、魚介類の鮮度と質は他を圧していて、それでいて驚くほどの適価。
 だがしかし、素材に頼るような安易な店ではないことが、通う度に分かってくる。となればもう、通い詰めるしかない。少なくとも月に一度は家人を伴って、店に足を運んでいる。
 しゃかりきになって、遠くの名店を追い求めている人たちを見ると、なんだか滑稽に思えてくる。わざわざ新幹線に乗って、日帰りで天ぷらを食べに行って、SNSで自慢する。
 そんな流行に振り回されている人たちはきっと、近くのお店に見向きもしないのだろう。
 はるか昔。多くの人がわざわざヨーロッパまで出かけて、ブランドバッグを買い漁った時代があった。それと何が違うのか。僕には区別がつかない。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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