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温泉宿でのひとり晩ごはん。これはなかなかの難敵である。部屋食は部屋食で侘(わび)しさが漂い、にぎやかな食事室で、ひとりごはんというのも周りから浮いてしまう恐れがある。最近になってあちこちの宿に出現しはじめたカウンター席でもあれば、心おきなくおひとり晩ごはんを満喫できるのだが、まだその数は少ない。
 そこでこの「紅鮎」。奥には個室仕様の座敷席もあるが、大半を占めるのはレストランタイプのテーブル席だ。カップルふたり客から数名のグループ客まで、テーブルの配置で調整できるようになっている。
 その中で、ぽつんとひとりテーブルに着いての晩ごはんは、居心地がいいとは言いづらいものがある。
 特等席は、テーブルが並ぶスペースの奥まったところにあり、窓を向いたカウンター席になっている。僕はひとりだが、カップルにも恰好(かっこう)の席となる。
 窓の向こうは琵琶湖。この宿は夕陽(ゆうひ)を眺められる宿としても知られていて、タイミングさえ合えば、琵琶湖に沈む夕陽を眺めながら、ゆっくりと夕食を愉しむことができるのだ。仕切りこそないものの、隔離されたような造りになっているので、他の客の視線が向くこともなく、安らかに夕食に専念できるのがうれしい。
 よく考えれば、街場のレストランでも、こういうタイプの席は滅多に見かけない。誰にも邪魔されることなく、絶景を眺めながら夕食を愉しめるカウンター席。この宿のクリーンヒットだ。
 そしてそこで食べられる料理については前回詳述したので、そちらも併せてお読みいただきたい。
 えりすぐりの食材を使いながらも華美な印象を与えない。今、旅の宿に求められているのは、そういう料理ではないだろうか。
 日本料理であるのに、やれキャビアだフォアグラだ、トリュフだと、高級珍味をちりばめてみたり、伊勢海老(えび)やアワビなどの食材に頼り切ることなく、吟味という言葉がぴたりと当てはまるような地場の食材を選び、奇をてらうことなく、それらを素直に調理する。
 僕が今、日本の宿に求めているのはそんな料理なのだが、なかなかその願いをかなえてくれる宿は少ない。
 お手本となる宿といえば、西の「俵屋」と東の「あさば」。この両横綱に尽きると言っても、過言ではない。
「俵屋(たわらや)」はしばらくご無沙汰をしているが、伊豆修善寺の「あさば」へはこの春、久しぶりに訪れた。その料理にはますます磨きがかかっていて、夕食の間中ずっとうなりっ放しだった。その内容はまた次回に。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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