
築地では、「ここ」と決めた数店でしか買わない。開店以来、同じ刀鍛冶の手による包丁を使う。そんな一つひとつの「決めごと」と同じように、仕事前のコーヒーはインスタントコーヒーだ。
鮨 武蔵
武蔵弘幸
コーヒーが初心に帰してくれる
武蔵弘幸
コーヒーが初心に帰してくれる
朝4時半に起きて身支度し、築地に仕入れに行く前のひと時に、武蔵弘幸さんは決まってコーヒーを飲む。国内外から客が訪れる人気鮨すし店の主人だが、日常的に飲むのはインスタントコーヒー。毎日、30代の頃に人からもらった同じカップで飲む。
実は、この「インスタントコーヒーと同じカップ」のスタイルには、特別な思い入れがある。山梨県中央市のすし屋に生まれ、店を継いで16年。常連客もつき、売り上げも順調だったが、37歳で思い立って上京した。すでに経験も技術もあったが、今の青山の店を出すまでの準備期間として1年半、東京の下町のすし店で丁稚(でっち)のように、住み込みで働いた。
「お金もなかったし、修業の身だから、時間もなくてね。毎朝、親方と仕入れに出る前に、古いカップでインスタントコーヒーを飲むのが、唯一の楽しみだったんです。飲みながら、独立して出す店について考えたり、田舎から出てきて思うようにいかないこともあるから、そういうことのくやしさとか、もっとこうしたら、っていう反省とか。いろんな思いをかみ締めていました」
そして、2006年に独立し、青山に「鮨 武蔵」を持つ。東京で店を出すなら、一等地でありながら、ゆったりとした落ち着きのある青山と決めていた。だが、閑静な場所にある分、見つけにくく、オープンから半年間、ほとんど客が来なかった。
「最高のネタを仕入れても、余るから捨てるしかない。開業資金もどんどん減って、『このままではホームレスになるかもしれない』と思うことすらありました(笑)」
そんな時も、飲んでいたのが毎朝のインスタントコーヒーだ。次第に口コミで客が増え、ミシュラン東京2009では一つ星を獲得。山梨にいては会えないような人々を前に鮨を握る毎日に、やりがいと充実感を覚えていても、習慣を変えないのは、初心を忘れないためだ。
「インスタントコーヒーを飲みながら、店に置いてくれた親方への感謝とか、その頃のハングリー精神、出店当初の焦燥感とかを思い返すんです。毎朝の儀式みたいなもの。忘れたら、てんぐになっちゃうでしょ」
もちろん、昔を思い返すばかりではない。仕入れから帰った後、同じようにインスタントコーヒーを飲む時には、その後の仕込みについて、予約の入っている客の好みについてなど、その日の仕事の流れを頭の中でシミュレーションする。
「もちろん、もっと旨いコーヒーがあることは知っていますよ。休みの日、人とイタリアンに食事に行ったりすると、エスプレッソにグラッパを入れて飲むのが好きです。でも、仕事の時はこのインスタントコーヒーです。この先も、ずっと変わらないと思います」
12 月に青山に出店してから丸10年を迎えた。50歳の節目でもある。
「これから、また新しいことに挑戦したいと考えています。最近では、朝のインスタントコーヒーを飲みながら、その構想を練ることも。楽しみにしていてください」
実は、この「インスタントコーヒーと同じカップ」のスタイルには、特別な思い入れがある。山梨県中央市のすし屋に生まれ、店を継いで16年。常連客もつき、売り上げも順調だったが、37歳で思い立って上京した。すでに経験も技術もあったが、今の青山の店を出すまでの準備期間として1年半、東京の下町のすし店で丁稚(でっち)のように、住み込みで働いた。
「お金もなかったし、修業の身だから、時間もなくてね。毎朝、親方と仕入れに出る前に、古いカップでインスタントコーヒーを飲むのが、唯一の楽しみだったんです。飲みながら、独立して出す店について考えたり、田舎から出てきて思うようにいかないこともあるから、そういうことのくやしさとか、もっとこうしたら、っていう反省とか。いろんな思いをかみ締めていました」
そして、2006年に独立し、青山に「鮨 武蔵」を持つ。東京で店を出すなら、一等地でありながら、ゆったりとした落ち着きのある青山と決めていた。だが、閑静な場所にある分、見つけにくく、オープンから半年間、ほとんど客が来なかった。
「最高のネタを仕入れても、余るから捨てるしかない。開業資金もどんどん減って、『このままではホームレスになるかもしれない』と思うことすらありました(笑)」
そんな時も、飲んでいたのが毎朝のインスタントコーヒーだ。次第に口コミで客が増え、ミシュラン東京2009では一つ星を獲得。山梨にいては会えないような人々を前に鮨を握る毎日に、やりがいと充実感を覚えていても、習慣を変えないのは、初心を忘れないためだ。
「インスタントコーヒーを飲みながら、店に置いてくれた親方への感謝とか、その頃のハングリー精神、出店当初の焦燥感とかを思い返すんです。毎朝の儀式みたいなもの。忘れたら、てんぐになっちゃうでしょ」
もちろん、昔を思い返すばかりではない。仕入れから帰った後、同じようにインスタントコーヒーを飲む時には、その後の仕込みについて、予約の入っている客の好みについてなど、その日の仕事の流れを頭の中でシミュレーションする。
「もちろん、もっと旨いコーヒーがあることは知っていますよ。休みの日、人とイタリアンに食事に行ったりすると、エスプレッソにグラッパを入れて飲むのが好きです。でも、仕事の時はこのインスタントコーヒーです。この先も、ずっと変わらないと思います」
12 月に青山に出店してから丸10年を迎えた。50歳の節目でもある。
「これから、また新しいことに挑戦したいと考えています。最近では、朝のインスタントコーヒーを飲みながら、その構想を練ることも。楽しみにしていてください」