たとえば山菜。フキノトウ、コゴミ、ワラビなどなど。どれもが溌剌(はつらつ)とした緑を湛(たた)え、芽吹きの季節を表している。もしくは筍(たけのこ)。春のご馳走(ごちそう)を代表する食材は、土の香りをたっぷりと蓄え、雪解けの山が与えてくれる貴重な恵み。
山菜と筍。その味わいにおいて、両者に共通するのは、苦みとえぐみである。
俗にいうアクが強い食材。
野菜に限らず、食材が持つアクというのは、食べる側の人間からの観点であって、食材の側からいえば、そのアクこそが生命力なのである。つまり、アクというのは、食べる側からいえば、過剰な生命力。身体が取り込むことを拒むほど、強い力を持つものを、我々はアクと呼んでいる。
山菜も筍も、新鮮なものほどアクを抜かないと食べられないことを、人は経験上知っている。ある程度のアクを抜いたこれらの、苦みもえぐみも、覚醒力を持っている。それこそが春の食材の、最大の特徴だ。
長い冬の間、眠りに就いていた人々の魂や脳を目覚めさせ、次なる活動へとつなげる役目を、春の食材が担っていることに気づく人は、決して多くない。
野の食材だけではない。海の恵みも然(しか)り。春から夏に旬を迎えるそれらは、どれもが強い生命力を湛えていて、それゆえ独特の風味を持っている。
代表的なものといえばホタルイカだろうか。これほどに春を謳(うた)う食材も他にないのではないか。そう思うほどに、春の訪れと共に、メディアの話題に上る。越中富山がその発信元。夜の海に、群集する蛍のように、青く妖しく光る灯(あか)りが集まり、その正体がホタルイカだと知らせる。産地に近いところや、都心、京都などの大消費地では生で食べることも少なくないが、たいていは茹(ゆ)でて食べる。透き通った身も、茹でると褐色の斑点を全身に現し、見慣れたイカの姿になる。
おとなの親指ほどの大きさだが、そのワタの濃密な味わいといえば、上海蟹(がに)のミソに勝るとも劣らない。山野の恵みと同じく、わずかながらえぐみも感じられる。口に入れて、舌から喉(のど)へ、胃袋へと、すんなりとは通っていかない。その引っ掛かりこそが、ホタルイカの醍醐味(だいごみ)であり、季節が移ろうことの徴(しるし)でもある。
五味という言葉があるが、きっと人間の味覚というものは、五つに留(とど)まるものではないだろうと思う。
その間ともいえる、苦みとえぐみを心置きなく味わわせてくれるのは、春しかない。それが日本とい国であり、日本に住まうしあわせなのである。
山菜と筍。その味わいにおいて、両者に共通するのは、苦みとえぐみである。
俗にいうアクが強い食材。
野菜に限らず、食材が持つアクというのは、食べる側の人間からの観点であって、食材の側からいえば、そのアクこそが生命力なのである。つまり、アクというのは、食べる側からいえば、過剰な生命力。身体が取り込むことを拒むほど、強い力を持つものを、我々はアクと呼んでいる。
山菜も筍も、新鮮なものほどアクを抜かないと食べられないことを、人は経験上知っている。ある程度のアクを抜いたこれらの、苦みもえぐみも、覚醒力を持っている。それこそが春の食材の、最大の特徴だ。
長い冬の間、眠りに就いていた人々の魂や脳を目覚めさせ、次なる活動へとつなげる役目を、春の食材が担っていることに気づく人は、決して多くない。
野の食材だけではない。海の恵みも然(しか)り。春から夏に旬を迎えるそれらは、どれもが強い生命力を湛えていて、それゆえ独特の風味を持っている。
代表的なものといえばホタルイカだろうか。これほどに春を謳(うた)う食材も他にないのではないか。そう思うほどに、春の訪れと共に、メディアの話題に上る。越中富山がその発信元。夜の海に、群集する蛍のように、青く妖しく光る灯(あか)りが集まり、その正体がホタルイカだと知らせる。産地に近いところや、都心、京都などの大消費地では生で食べることも少なくないが、たいていは茹(ゆ)でて食べる。透き通った身も、茹でると褐色の斑点を全身に現し、見慣れたイカの姿になる。
おとなの親指ほどの大きさだが、そのワタの濃密な味わいといえば、上海蟹(がに)のミソに勝るとも劣らない。山野の恵みと同じく、わずかながらえぐみも感じられる。口に入れて、舌から喉(のど)へ、胃袋へと、すんなりとは通っていかない。その引っ掛かりこそが、ホタルイカの醍醐味(だいごみ)であり、季節が移ろうことの徴(しるし)でもある。
五味という言葉があるが、きっと人間の味覚というものは、五つに留(とど)まるものではないだろうと思う。
その間ともいえる、苦みとえぐみを心置きなく味わわせてくれるのは、春しかない。それが日本とい国であり、日本に住まうしあわせなのである。

かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。