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 以前にも書いたことだが、最近の料理撮影は目に余るものがある。
 美味しそうな料理が出てきて、それを写真におさめたいという気持ちは、とてもよく分かる。しかしそれにも限度がある。
 フラッシュを光らせるなど論外だが、ミニ三脚まで立てて、一眼レフのレンズを料理に向けるのも、やり過ぎ感は否めない。
 あくまで、食べることに主眼をおきたいもの。カウンター席というものは、必ず相客が居るのだから。
 或(あ)る種の神秘性を秘めていた店なのだが、すっかり様変わりしてしまった。そのきっかけとなったのは、おそらく貸切営業だっただろうと、僕は推測している。
 SNSで見掛ける頻度が、日を追って高くなってきた。
 貸切だからなのか、写真は撮り放題。主人が調理しながら、ピースサイン。持ち込んだと思(おぼ)しきシャンパンボトルを、ずらりとカウンターに並べ、女将(おかみ)はえびす顔。
 客はといえば、顔を寄せ、肩を組んでの記念撮影。席を立って、シャンパンを注ぎあう様子などは、居酒屋でのコンパ状態。
 これが、あの格調高さを誇っていた割烹店なのか。当初は信じられない思いで、SNSに投稿された写真を見ていた。
 料理だけで2万円は下らない、高級店。だが、貸切営業の写真からは、そんな空気は微塵(みじん)も感じられな僕にはイメージダウンとしか思えないのだが、何度も繰り返されているから、店も客も、これを良しとしているのだろう。
 貸切営業と通常営業の、一番の違いは緊張感である。
 たとえば8席のカウンター席だったとして、3組のカップルと、ひとり客が2組居たとする。合わせて5組の客に対して、店の主人も女将も気を配らねばならない。
 客側は客側で、相客にも気を使いながら、店の主人とも向き合わねばならない。ここに心地よい緊張感が生まれ、それこそが店の居心地よさを作りだすのである。和気あいあいとしながらも、そこにはおのずと節度があり、互いが気遣うことでのみ生じる心地よさ、これが店の風格を高め、良店としての道を歩み続けることになる。
 貸切営業の店には、店側からも客側からも、緊張感が失せてしまう。そこにあるのは、ただの馴れ合い。時間が経つにつれ、客が厨房に入りこみ、主人や女将と写メ三昧。主客入り乱れての食事風景は、もはや店の体を為な していない。
 仕入れにも無駄がなく、確実に売り上げが把握できる。客に対しても余分な気遣いは不要。そう目論(もくろ)む店側と、誰気遣うことなく、ワガママを通せる客側の利害が一致し、貸切営業に頼る店は増える一方。
 堕落としか思えない店を避けるのに、口コミサイトの情報欄が、思わぬ役に立つ。〈貸切不可〉。日々この文字を探している。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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