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別の料亭のホームページには、主人の顔写真と共に、次のような言葉が掲載されている。
「料亭というところは、どうも敷居が高い所のように思われがちですが、決してそうではありません。京都では普通の人が、日常と少し違う空間で……」
〈敷居が高い〉。これも最近よく誤用されている言葉。
 本来は、たとえば親戚や知人に不義理をしてしまい、その始末ができずにいて、訪ねづらいというときに使う言葉であって、一度も訪ねたことのない料亭や店に、敷居の高さもないものなのだが。
 おそらくは、格式が高い、という言葉と混同されてしまったのだろう。どちらも京都では人気の高い、名の知れた料亭だけに、その浅薄さはそのまま、今の日本料理店が、いかに言葉をぞんざいに扱っているかを、如実に表している。
 誤った日本語を平気で使っていて、日本料理は日本の伝統文化だ、などと言っても何ほどの説得力もない。世界に誇るべき日本料理だというのなら、まずは正しい日本語を学んでからにして欲しいものだ。
 食の言葉からは少し外れるが、時候を表す言葉にも、最近は間違った使われ方をすることがよくある。
 たとえば三寒四温。
 雛ひな祭りも終わり、春のお彼岸が近付いてきた頃。少し暖かくなってきたかと思えば、また冬に逆戻りしたかのような寒さに襲われ、春はまだ少し先。そんなとき、気象予報士が言う。
「まさに三寒四温ですね。春はもうそこまで来ているのですが」
 これも間違っている。本来、三寒四温という言葉が使われるのは冬の間。文字通り、三日ほど寒い日が続き、その後に四日間ほど暖かい日が続く。そしてまた三日間寒い日が来る。つまりは一週間を周期として、寒暖が繰り返されることをして、三寒四温と言う。かつ、これは中国や朝鮮半島での現象であり、ことわざともなっていて、日本では滅多に起こらない現象だという。
 気象予報士といえば、気候のプロであるはずなのだが、知ってか知らずか、天下の公器たるテレビで、こんな間違いを平気で公言する。
 さすがに気象予報士が言うことはないが、ワイドショーのコメンテーターなどは、春近しの候だというのに、〈小春日和〉という言葉を使ったりする。
 晩秋から初冬にかけてにしか〈小春日和〉という言葉は使わないのだと、多少なりともモノの分かった人なら知っている。
 名だたる料理人が、食に関する言葉を誤用し、プロの気象予報士が、気候の言葉を間違って使う。それを聞いた一般人は、まさかプロが間違っているとは思わないから、この誤用はどんどん広がっていく。情報化時代の今日、その伝達速度は昔の比ではない。
 なぜこんなことになるかと言えば、プロに見えて、実はプロではない。そんな人たちが増えているから
である。その話は次回に。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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