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季節が巡り来れば、おのずとおいしい食が届く。それが瑞穂の国のありがたいところ。
 同じく〈新〉が付く作物に、蕎麦がある。
 ―新そば入荷しました―
 そんな蕎麦屋の貼り紙を見ると、蕎麦好きの血は騒ぐ。蕎麦好きでなくても、ちょっと食べてみようかと思う。
 〈日本三大始めましたモノ〉の一つが、この新そば。
 後の二つは、冷やし中華とカキフライである。この三つの始めましたモノで、季節の移ろいを感じ取るのが、真の食通というものだ。
 つい一週間ほど前にはなかった貼り紙に目を留め、口の中はすでに、新そばの香りがあふれ始めている。
 新そばの香りと青さを楽しむには、やはり、せいろが一番。まずは目でその青さを確かめ、香りを楽しんでから、おもむろに箸を取り、蕎麦をつゆに浸してすする。これぞ新そばの醍醐味。
 だが、その新そばの時期はいつか、と言えば、なかなかに悩ましい。
 夏が始まって間もなく、―新そば始めました― の貼り紙を見掛けることがよくある。これは夏の新そば、通称〈夏新〉と呼ばれるもので、主に北海道産の蕎麦。品種で言うなら北早生そば。富良野辺りで栽培されていた牡丹そばを品種改良したものだと言われている。
 古くからの蕎麦通は、あまり食指が動かないようで、新そばと言えば秋。大方の蕎麦好きはそう言い放つ。
 夏の新そばが〈夏新〉なら、秋の新そばは〈秋新〉。初ガツオを珍重する江戸っ子などは、―秋新じゃなきゃ、新そばとは呼べねぇ― となる。
 季節で言えば、十一月ごろだろうか。目安としては、もみじが色づき始めたころ。もみじ便りが聞こえてくれば、そろそろ〈秋新〉が蕎麦屋に届く。
 普段は、塩で食べる蕎麦など見向きもしないが、この〈秋新〉だけは別。草きれのような香りを味わうには、塩が一番。青みがかった蕎麦に、ぱらりと塩を振って、のど越しではなく、舌先で蕎麦の風味を楽しむ。律儀に四季が巡ってくる日本ならではの〈食語〉の代表が新そばである。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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