



1.「八百金」の屋号で知られた荒物問屋の田村家の見世蔵。1904(明治37)年に上棟。蔵の街大通りに面したこの見世蔵は現在「とちぎ蔵の街観光館」として、栃木観光の拠点となっている。/ 2. 見世蔵を改装した飲食店などもかなり多い。/ 3. 見世蔵と洋風建築が入り混っている蔵の街大通り。/ 4. こうして見世蔵が軒を連ねていると、江戸時代にタイムトラベルしたかのような気分になる。/ 5. 昭和初期ごろに建築されたと思われるモダンなデザインの若松理髪所。1階が店舗になっており、現在も営業をしている。/ 6. 「日星肥料」と書かれたレトロモダンな看板が目を引く本澤商店は、日本最初の化学肥料製造会社。現在も肥料販売をしているほか、副業としてここで漬物を販売している。/ 7. 文化文政期(1804~1830年)から戦時中まで、栃木では木綿や麻、絹織物などが主要産業となり、あちこちに呉服店があったそうだ。/ 8.蔵の街大通りでは珍しい、板蔵の三桝屋本店は、際物商い(羽子板、ひな人形等の季節物)の老舗。創業は1848(嘉永元)年。
栃木駅前から北に延びる、目抜き通りには、驚くほど古い蔵があちこちにある。幅の広い道路の両脇の家並みに、黒瓦をふいた古い商家が入り交じっている。白壁も黒壁もあるが、店舗として利用した見世蔵(店蔵)がほとんどだ。何軒も連なってという場所は少ないが、通り沿いにぽつぽつ、そして裏通りに入っても、ぽつぽつとあるのだ。その数、およそ200だという。
だから街を歩けば、「あっ、ここにも、あそこにも」と面白いくらいに蔵が見つかる。そして、その多くが〝現役〞であることにも驚かされる。通り沿いのほとんどが見世蔵ということもあり、現在も実際に商売をしていたり、公共の施設に生まれ変わったりして、利用されているのだ。この見世蔵は明治期に全国的に普及し始めたといわれており、栃木市内に現存するものには、江戸時代に建てられたことが確認できた、日本で最古に属するものも残っている。
だから街を歩けば、「あっ、ここにも、あそこにも」と面白いくらいに蔵が見つかる。そして、その多くが〝現役〞であることにも驚かされる。通り沿いのほとんどが見世蔵ということもあり、現在も実際に商売をしていたり、公共の施設に生まれ変わったりして、利用されているのだ。この見世蔵は明治期に全国的に普及し始めたといわれており、栃木市内に現存するものには、江戸時代に建てられたことが確認できた、日本で最古に属するものも残っている。