PAGE...1|2
 一方で雑煮については、今もって地方色は豊かに残っている。さすがに雑煮まで、出来合いを買うことができないからだろう。  正月の休み明けに集えば、決まってお国の雑煮自慢となる。我が郷の雑煮はカクカクシカジカ、こんな具を入れる。これほど旨いものはない。  いやいやうちの田舎では、斯様な味付けをし、餅は丸餅に限る。これに勝る雑煮などあるはずもない。口角泡を飛ばしての持論が飛び交う。  日本中を旅していると、驚くような雑煮に出会うことがあって、例えば北は八戸で食べた雑煮には、鯨の皮の塩漬けやジャガイモが入っていた。岩手の釜石では焼いたワカサギやイクラを入れ、クルミ醤油のタレを付けて食べるという、変わり種に出会った。  最も驚いたのは山陰地方の日本海沿い。何と甘く煮た小豆と、その煮汁を張った椀に、大きな丸い煮餅がどんと載る。どう見てもこれはぜんざいなのだが、地元の人はこれを雑煮だときっぱり言い切る。これこそが多様な、日本の食文化の象徴。こういうところをもって、世界に誇るべき文化遺産なのだと思う。
 かくいう京都の我が家では、白味噌をたっぷり使った汁に、煮た丸餅、金時人参と聖護院大根の薄切りを入れ、花カツオをたっぷり掛けて食べる。京都の古い家では頭芋を入れるが、味がくどくなるので、これを苦手とする向きも少なくない。六歳になる孫も、これを好んで食べる。
 多少の変遷はあっても、こうして京都ならではの雑煮が世代を超えて、伝わっていく。日本中きっと同じはず。無形文化遺産として、世界に誇り、守っていくべきは、こういうものなのではないだろうか。
 それは何も日本だけに限ったことではないだろうが、同じ料理でも、地方、地方で調理法や味付けが異なるのも〈和食〉の特性である。よく語られるのは東と西の違い。外国人にも知られる料理、寿司、天ぷら、すき焼きなどが、その典型。
 例えば寿司。その名もズバリ、東は江戸前握り、西は大阪寿司。
 いずれも、発酵食品である熟れ寿司から派生したものだが、東京は豊富な生ネタを、瞬時にシャリと合わせて、指で握り、すぐに供する。俗に早寿司と呼ばれるもの。
 片や大阪では、シメ鯖や玉子焼き、鱧のすり身、白身魚の昆布〆、焼穴子などのネタを、木枠に詰めた酢飯に載せ、蓋で押し固めて、しばらく寝かせる。ひと口大に四角く切り分けて食べる。その形状から箱寿司とも言う。シメ鯖や焼穴子は長いまま酢飯に載せて、竹皮で包んで固める寿司もあり、こちらは棒寿司と呼ばれる。
 江戸前握りはシャリに空気を含ませると言い、一貫当たりのご飯は、大阪寿司に比べて遥かに少ない。
 せっかちな気性の江戸っ子には、早寿司が似合い、一方、商人の街である大阪では、箱寿司や棒寿司など、数切れも食べれば満腹になる寿司を好む。寿司ひとつ取っても、それぞれの街によって、大きく異なる。同じ関西でも、京都と大阪で微妙に異なる。次はその話をしよう。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
PAGE...1|2
LINK
GOURMET
食語の心 第20回
>>2014.12.10 update
GOURMET
食語の心 第6回
>>2013.12.12 update
STYLE
交詢ビルで過ごす特別な夜
>>2013.8.27 update
GOURMET
食語の心 第41回
>>2016.9.16 update
GOURMET
食語の心 第91回
>>2021.1.28 update

記事カテゴリー