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ルカス・クラーナハ(父) ≪ルクレティア≫ 1532年 ウィーン、造形芸術アカデミー絵画館 ⒸGemäldegalerie der Akademie der bildenden Künste Wien
醒めた誘惑を放つ裸婦
しかし、それ以上にクラーナハの名を忘れがたいものにしているのは、この画家が生んだ特異な女性像の数々である。クラーナハは、アルプス以北の絵画史では初となる、異教古代の女神の裸体像――版画や素描においてではなく、絵画によって――を創出した画家だった。
 古代ギリシャ・ローマの文化を当代に再生したイタリア・ルネサンスを手本としつつ、裸体表現に着手したクラーナハは、やがて、その南方の芸術とは全く異質なエロチシズムをまとった女性の身体――「ヴィーナス」「ニンフ」「ユディト」……をおびただしく描き始める。それらは細長く曲線的な体を持ち、きわどく誘うようなまなざしで、見る者を惑わせる。
 いや、クラーナハは裸女ばかりでなく、「女のちから」や「女のたくらみ」と呼ばれる興味深い主題系をなす絵画を何度となく手がけた。例えば、みずからの魅力で敵将ホロフェルネスを惑わせ、斬首してしまった「ユディト」。あの豪傑ヘラクレスをその美貌(びぼう)で骨抜きにし、糸紡ぎをさせた「オンファレ」。自身のひざで眠るサムソンの髪を切り、その怪力を奪った「デリラ」。あるいは現世の年老いた男性をとりこにし、愛の代わりに金品を受けとる若い娘を表した「不釣り合いなカップル」……。クラーナハは、このような互いに類似する一連のイメージによって、絵の中で演じられる誘惑を、そのまま絵を見つめる者たちへの「誘惑」として投げかけてみせたのである。
ルカス・クラーナハ(父) ≪ヴィーナス≫ 1532年 フランクフルト、シュテーデル美術館 Ⓒ2016 DeAgostini Picture Libary/Scala. Florence
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