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 店も商売なのだから、無論寂れるより賑わう方がいいのだが、客のバランスが崩れるにつれ、料理までもが偏向してしまうのは、大いに困る。
今では滅多に見掛けなくなったが、かつて京都には、一見さんお断りという仕来りを守る料理屋があった。それは何も、客を差別するなどという意ではなく、阿吽の呼吸で店と客が遣り取りするための智慧、もしくは方策だったのである。
 京都で今、人気を集めているのは料亭より割烹。カウンターを挟んで、料理人と客が向き合うスタイルは、食べるというより、エンターテインメント。一座建立と言えなくもないのだが、食事のほぼすべてを店側に委ねてしまうという意味で、本来の割烹からは外れてしまっている。
 祗園下河原。八坂神社の南鳥居から少し下がったところに「浜作」という店がある。この店の先々代主人、森川栄こそが、今の割烹スタイルを編み出した先駆者であり、その心は、客と主人の遣り取りから生まれる即興料理。それまでの料亭では見ることのできなかった調理風景に、客は大いに感動したと伝わる。昭和初期の話である。
 爾来八十年近く、客と板前の丁々発止が続いた。
  例えば目の下一尺ほどの明石鯛。俎に載せられたこれを見た客は、まずは造りに、と所望する。板前が応えて曰く、平造りか、それとも薄造りにするか、山葵醤油か、ポン酢か。客の嗜好に合わせて当意即妙に調理する。
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