PAGE...1|2
椀味不只淡 第3回
文・神田裕行(元麻布「かんだ」店主)
Photo Masahiro Goda
神田裕行の椀五十選 第3回
 わが故郷の阿波の国・徳島の海の幸と山の幸の椀を紹介したい。
 渦潮で名高い鳴門海峡は、淡路島(兵庫県南あわじ市)と島田島(徳島県鳴門市)の間の海峡で、播磨灘と紀伊水道を結ぶ。
 名産の鳴門わかめは、しなやかなコシと弾力のある歯応えで名高く、料理の脇役ではなぐ主役級のうまさだ。太陽の下で自然乾燥させた糸わかめをたっぷりの氷水で戻す。ぬるい水ではふやけてしまい、歯応えが落ちるように思う。十分に戻ったら、水を切り素早くタオルにくるみ水気を拭き取る。水分が残ったままでは、わかめが戻り続けて、ハリを失ってしまうのだ。
 わかめを好んで食べるのは私たち人間だけではない。激流の中鮑は、わかめの根に張り付き、小さな口で分厚い部分を頬張るため、鳴門の鮑はとても大きく育つ。 
 鮑は、殻のまま数分軽く蒸す。目安は500グラムで10分、これを冷水に落とし締める。これにより鮑の汁を身の中に閉じ込めることができるのだ。薄くそぎ切りにして葛を打ち、わかめとともに煮立てた出汁の中に落とす。
 鳴門の海の豊かな恵みそのものと言えるこのお椀は、わかめと鮑のほのかな塩味のみで海の香りを味わう。
 鳴門の海に流れ込んでいるのは紀伊水道からの潮流だけではない。「四国三郎」の異名を持つ大河・吉野川から植物性プランクトンを大量に含んだ真水が流れ込んでいる。こうして川が運んでくれる植物性のプランクトンこそが、鳴門のわかめや鮑といった海の幸を豊かに育んでくれているわけだ。
(左)鮑とわかめの鳴門椀
鮑は加熱すると収縮でそのスープを出して硬くなり味わいも抜ける。ならば葛で表面を覆いガードする。鮑のスープは葛をまとい旨みとなってその身に絡む。頬張れば海の味。わかめと合わぬわけもない。

(右)祖谷蕎麦米汁
以前は、これに鮑を入れたり、松茸を入れたりしたがしっくりこなかった。さらさらとした清流のような味わいは贅沢を嫌う。否、高価なものを使えば贅沢だと思うことこそが間違いなのだと、この料理に教わった。
PAGE...1|2
LINK
GOURMET
椀味不只淡 第15回
>>2013.12.16 update
GOURMET
椀味不只淡
>>2013.12.9 update
GOURMET
椀味不只淡 第5回
>>2013.12.24 update
GOURMET
椀味不只淡 第16回
>>2013.12.13 update
GOURMET
椀味不只淡 第9回
>>2013.12.24 update

記事カテゴリー