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食語の心 第4回
作家 柏井壽
Photo Masahiro Goda
 食べることにおいて、日本人ほど〈旬〉を大切にする国民は他に居ないだろうと思う。
 〈旬〉。言うまでもなく〈出盛り期〉を言い、最も美味しく食べられる時期とも言い換えられる。さらには価格も安定し、相応の値段という利点もある。
 年中食べられる食材であっても、季節によって呼び名が変わったりするのも日本ならではのこと。
 例えば〈初鰹〉。春先。黒潮に乗って、太平洋沿岸を北上して来た鰹をさっぱりと食べる。季語にもなるほどに知られ、江戸っ子などはいち早く食べて、粋を競う。これが秋口になると〈戻り鰹〉と呼ばれ、〈初鰹〉に比べて、しっかりと太り、脂も乗るので、旨みが濃くなる。どちらも鰹にとっては〈旬〉だが、その味わいは大きく異なる。
 あるいは魚の王者とも呼ばれる鯛は、春には〈桜鯛〉、秋になれば〈紅葉鯛〉となり、季節の色を映し出す。
 あるいは草冠に旬と書く筍も〈旬〉モノの典型だろう。今では水煮にされた袋詰めが年中売られているが、元はと言えば春の産物。立春も過ぎ、そろそろ雛飾りを、という季節にこそふさわしいのだが、近頃はとんでもないフライングが横行している。  正月三が日が明け、京都のとある割烹で、初春懐石と銘打った料理を食べていて、若竹が出てきた。九州のどこだかで採れた筍だと、主人は鼻を高くしたが、僕は鼻白んだ。
 旬に先駆けてを〈走り〉と言い、それはそれで珍重されなくもないが、いくら何でも早すぎる。二十四孝の孟宗じゃあるまいし、真冬の筍は親孝行話の題材にしかなるまい。仮にそれがどんなに旨かったとしても、だ。季節とはそうしたものなのに、近頃の料理人は競って〈走り〉を出したがる。それも大幅な〈走り〉を自慢したがるので、時にとんでもない取り合わせが出る。
 
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