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小指ほどの稚鮎なら、天麩羅という手もなくはないし、腸を塩辛にしたウルカも酒のアテにはいい。しかし成魚として鮎を食べるなら、塩焼きに限る。それも焼き立てを鬆ー張るのが最良。
 鮎の塩焼き。簡単そうに見えて、これが実は難しい。多くの料理人が見栄えを優先して、焼きを浅くするが、これは感心しない。化粧塩を施しすぎるのもよくない。焦げる寸前まで、じっくりと焼くのがいい。
 生きた鮎に串を打ち、炭火で炙る。鮎は悔しさからか、より顔付きを鋭くする。口を開き、尖った歯を見せ、魚体を捻る。まさに生命をいただくという感謝の念が湧く瞬間だ。鮎は川の恵みを食べ、人はその鮎を食べる。食の輪廻。生命の循環。
 日本には、〈食む〉という〈食語〉がある。
 鮎は好んで苔を食む。そしてその苔の青い香りが腸に染み付き、苦みと共に、西瓜や胡瓜のような香りを鼻腔に残すのである。香魚と呼ばれる所以。いい苔を食む鮎は必ず旨い。
 清流であればあるほど、急峻な流れであればこそ、苔の香りは清らかで青い。人間は苔を食べたことがないので分からないが、きっとそうなのだろう。
 川底の岩にこびり付いた苔を食もうとすれば、自然と口先を尖らせることになる。鮎は口先が鋭角であるほど、しっかりと苔を食んで育った証拠。魚体もまた然り。縄張り意識の強い魚ゆえ、生存競争は厳しい。急な流れに負けず泳ぎ、いち早く苔を食むためにはスリムな魚体でなければならぬ。鮎選びの要諦である。
 食む。先月ご紹介した〈食べる〉と好一対をなす言葉。食む、と言って、多くに馴染みが深いのは、
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