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かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
性と同じく、食という営みは、動物的本能に基づくものであり、それゆえ、ともすれば猥雑な空気を漂わせる文章になってしまう。名だたる文人や作家たちは、さすがの筆致で、食に情趣を加える。まるで実際に食べているような、いや、それをも上回る味わいを感じ取ることができる。さらにそこに、さりげなく薀蓄がちりばめられている。味わいに加えて、知識まで与えてくれてこその〈食語り〉だろうと僕は思っている。そして最も肝心なことは淫らにならないことである。
 長きにわたって読み継がれている、優れた文学に描かれている性描写と、いたずらに動物的本能を刺激するような、官能小説とがまったく異なるのと同じく、文豪の描く食と、多くの食レビューやブログに書かれる食は似て非なるものである。
 たとえば蕎麦を食べるとして、物書きたちは、その一杯の蕎麦を包む情景を描写することに意を注いだ。店のたたずまい。主人の立ち居振る舞い。もしくは内儀の気配り。器や盛り付け。これらを描くことで、既に蕎麦の味わいが読み手の脳裏に浮かんでくるから不思議だ。つるりと喉越しの良い更科蕎麦か、香り高くも荒々しい田舎蕎麦か。これこそが〈食語り〉の醍醐味なのである。
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