PAGE...1|2
1953年に、良家の出身だったイアン・フレミングがジェームズ・ボンドというキャラクターが活躍する小説『カシノ・ロワイヤル』を発表したときは、“何て通俗的で品のない"と評されたものだ。しかし今や、ボンドは(少なくとも外国人にとって)イギリス人の典型とみなされているし、優秀な英国製品のセールスマンとして、母国でも一目置かれる存在になっているのはご存じの通り。
 ボンドのストーリーはワンパターンで、かつ荒唐無稽だ。これで人生が変わったという人は、ほとんどいないだろう。
 しかしボンドを見ていると、活力が湧いてくる。速いクルマ、スタイリッシュな装い、美食に美男美女、それに旅……。美しい人生の一部は、こうしたもので構成されているのは確かなことだ。
 ブランドの魅力も、ボンドと、彼がその系譜に連なる英国のダンディーたちが教えてくれたものだ。
 例えば英国首相を2回務めたサー・ウィンストン・チャーチル。葉巻を愛したチャーチルが好んだキューバの太巻きには「チャーチル・サイズ」が定着しているし、シャンパーニュの名門、ポル・ロジェにはチャーチルが愛したことから「サー・ウィンストン・チャーチル」と改名したキュベもあるほどだ。
 ブランドは虚栄でなく、生活を彩る手助けをしてくれるもの……。その考えは、「クラレット」の名のもとに英国人が多額の投資をして繁栄に力を貸したボルドーワイン、保養地として再開発されたカンヌやニースなど南仏のリゾートにもつながる。
 このように、古くからあるものに新しい光を当て、その価値を高めていく手腕が英国的であるとも言える。古いものと新しいものへの愛が車の両輪のように、英国が先へと進んでいく推進力になっているのだ。
 目を東京に転じると、東京スカイツリーの人気は相変わらず高いようだが、文化的貢献度について語られることはほとんどないように思える。ザ・シャードのように、文化的な価値が論争の主題となり、建築家が弁明をすることもない。
 英国の例を見ていると、新しいスタイルが出てきたときは、それを巡る侃々諤々の論争が生まれ、それを乗り越える強い確信があるものだけが残る。確信のないものは、そもそも日の目を見ない。その厳しさが強固な土台になる。
 これこそ、英国が私たちに教えてくれていることのように思う。
PAGE...1|2
LINK
STYLE
けやき坂をめぐるインテリジェンス
>>2014.5.30 update
STYLE
綺想する旅人 英国紳士たちが愛した湖水
>>2014.4.3 update
TRAVEL
英国精神に満ちたホテルでロンドン滞在を存分に楽しむ
>>2016.5.25 update
STYLE
英国の伝統美が出会う
>>2009.1.9 update
STYLE
先鋭と史実が出会う必然性 ロンドン
>>2013.6.21 update

記事カテゴリー