
市谷加賀町の美意識が息づく全85邸が誕生
Text Mayumi Sakamoto
古くからの屋敷町に立つ
「ヴィークコート市谷加賀町」
「ヴィークコート市谷加賀町」
街の景観と調和しながら、その場所をよりいっそう魅力的なものにする建築がある。東京の歴史ある屋敷町に誕生する「ヴィークコート市谷加賀町」がそれである。山手線内のほぼ中心にあり、“第一山手"と称えられる土地柄。特筆すべきは、起伏の多い市谷エリアの中でも高台(標高約28m)に約2600㎡の正形な土地を得たこと。都心にあっては、めったに出会うことができない土地に7階建て全85の邸が創出される。
市谷加賀町一帯は江戸時代初期、水戸藩主・徳川頼房の娘で三代将軍家光の養女であった“金沢藩主前田光高夫人"の屋敷があったことから、加賀屋敷"とも呼ばれていた。その後も武家地として時を重ね、現在の邸宅街としての礎を築いている。しっとりと落ち着いた雰囲気があり、幹線道路から離れるため、静かな住環境が保たれている。地元の人が高く評価する、成熟を極めた街。
ヴィークコート市谷加賀町は、邸宅としての本質を追究し、この街にふさわしい格調高いデザインを実現する。街路に面した南側のファサードは、茶褐色のタイルをボーダー状に配し、臙脂色の御影石を化粧貼り。外構の石垣には本小松石と、茶庭の潤いを現代的に表現した植栽が施される。エントランスは、門の意匠をかたどった特殊鋼板の壁で、風格ある構えを演出している。
市谷加賀町一帯は江戸時代初期、水戸藩主・徳川頼房の娘で三代将軍家光の養女であった“金沢藩主前田光高夫人"の屋敷があったことから、加賀屋敷"とも呼ばれていた。その後も武家地として時を重ね、現在の邸宅街としての礎を築いている。しっとりと落ち着いた雰囲気があり、幹線道路から離れるため、静かな住環境が保たれている。地元の人が高く評価する、成熟を極めた街。
ヴィークコート市谷加賀町は、邸宅としての本質を追究し、この街にふさわしい格調高いデザインを実現する。街路に面した南側のファサードは、茶褐色のタイルをボーダー状に配し、臙脂色の御影石を化粧貼り。外構の石垣には本小松石と、茶庭の潤いを現代的に表現した植栽が施される。エントランスは、門の意匠をかたどった特殊鋼板の壁で、風格ある構えを演出している。

外観完成予想CG。市谷エリアでも高台に位置する正形の土地に、全85邸が創出される。