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「ゲントの祭壇画」黄金の生命としての羊

 さて最後にキリスト教美術作品のなかで最もよく知られている「神の子羊」といえば、それはベルギーのゲントの教会にあるゲントの祭壇画のそれでしょう(P42-43・図3:ファン・エイク兄弟「ゲントの祭壇画」部分 「神秘の子羊の礼拝」1432年)。年間20万人以上の人々がこれを拝みに来るといいます。アイルランドにも負けない青々とした緑野のまんなかに、おおぜいの天使たちに囲まれて、子羊は胸を張るようにたたずんでいます。よく見ればその胸から「血を流して」おり、その鮮血は「聖杯」のかたちをした器に力強く注がれています。そう、これは「神の子羊」として人間の罪を贖うためにひとり犠牲になりながら「復活」を約束されたキリストなのです。
 その頭上を見てください。この子羊の頭にのみ「黄金の光」が輝いています。そしてその黄金は、その羊毛を「雪のように白く」際立たせています。このファン・エイク兄弟の傑作は、ヨーロッパのキリスト教信仰や「羊」のシンボリズムが、1万年をかけて「羊」を育んできた人間の歴史、人々の想いに支えられていることをあぶり出しています。
 ですからフリースを着るときは、「黄金の生命」としての羊の生命力と、その神々しい美しさを思いおこしながら、みずからも輝いていただきたいのです。
「羊」とは太古から現代まで、生命の復活を祈る、私たち人間が生み出した「生命=輝き」を表すシンボリック・イメージの傑作なのです。

上:ファン・エイク兄弟 「ゲントの祭壇画」1432年(ベルギー・ゲント 聖バーフ大聖堂)
clucasweb.be複数のパネルで構成された高さ3.75m、幅5.20mの巨大な祭壇画。上段中央には、左から聖母マリア像、父なる神にして子なるイエス・キリスト像、洗礼者ヨハネ像がそれぞれ1枚のパネルに描かれている。下段に描かれているのが、P42-43で紹介した同祭壇画の中心テーマ「神秘の子羊の礼拝」。キリストの復活と再生の物語を表している。

下:鶴岡 真弓(つるおか・まゆみ)
多摩美術大学教授
早稲田大学大学院修了後、アイルランド、ダブリン大学トリニティ・カレッジ留学。処女作『ケルト/装飾的思考』(筑摩書房)で、わが国でのケルト文明芸術理解の火付け役となる。著書に『ケルト/装飾的思考』『ケルト美術』(ちくま学芸文庫)、『ケルトの歴史』『装飾する魂』(平凡社)、『装飾の神話学』(河出書房新社)、『「装飾」の美術文明史』(NHK出版)、『阿修羅のジュエリー』(理論社)など多数。
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