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 ほぼ同時代人である紫式部の『源氏物語』浮舟巻にも「羊の歩み」が出てくる。ヒロイン浮舟が薫大将と匂宮から熱愛され、板ばさみの苦悩から入水自殺を決意するという場面。「川のほうを見やりつつ、羊の歩みよりもほどなき心地す……」
 宇治川のほうに目をやりやりすると、死が間近に迫ってくるような気がするというのだ。
 典拠は仏典。『涅槃経』に「是れ寿命は……囚の市に趣きて歩歩死に
近づくがごとく、牛羊を牽きて屠所
に詣いたるが如し」と説かれ、『摩訶摩耶経』にも、牛羊が一歩あゆむたびに死に近づくよりも、人の命が刻々と死にむかうことのほうが疾はやいと説かれているという。
 彼女たちは当代きってのインテリだが、王朝時代、そこそこ教養のある人々は、「羊の歩み」ときいては命のはかなさ世のはかなさを思い、無常の理ことわりかみしめたにちがいない。もちろん、「屠所にひかれてゆく羊」に救主の姿を仮託した人々が、はるかアジアの西のかなたにいたなどということは知るよしもない。
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