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天のうづめの命 小杉放菴 昭和26年 佐三氏の依頼により日章丸2世のために制作され、船内に掲げられていた。
人間尊重、消費者本位の経営哲学
戦後の混乱期、多くの企業がやむなく人員を整理する中、佐三氏は「全員馘首せず」と宣言し、それを実行したのである。その後しばらくは耐乏生活が続いたが、この時の結束が出光の成長を支えたことは間違いない。また、1953年には有名な「日章丸事件」が起こる。当時、日本の石油元売り会社は、米英が産油国から手に入れた石油を買い付けるというのが通例であった。そんな中、石油を国有化したことによってイギリスと係争中だったイランへ直接、タンカー「日章丸2世」を差し向け、ガソリンと軽油を満載にして川崎港に帰港させた。これに対し、イギリスのアングロ・イラニアン社が積荷の所有権を主張、出光を東京地裁に提訴。国際紛争ともいえる事態となったこの事件の間、佐三氏は終始毅然とした態度で自らの主張を貫き、最終的には提訴が取り下げられて出光側の勝利となった。この事件は産油国との直接取引の先駆けとなり、敗戦で自信を失っていた日本に誇りと勇気を与えたのである。
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