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最高の“エキップ”に
恵まれて
Text by Ono Chiharu
Photo Yuu Nakaniwa
一流であり続けるために
最初に勤めたのは、飯倉片町にあったレストラン「シャドネ」で、2年後にホテルオークラの「ベル・エポック」のシェフになりました。当時、本格的なフレンチレストランは「マキシム」、帝国ホテル「フォンテーヌブロー」など、5〜6軒しかありませんでした。フランス料理といえば高級で堅苦しいイメージで、我々フランス人からみると、サービスも料理も大げさで、古臭く感じたものです。フランスの食材もありませんでしたから、似た材料を代用して、少しでも本場の味に近づけるよう努力しました。でもそれはまったく苦ではなく、むしろワクワクする楽しい作業でしたが。今は何でも手に入るようになり、昔と比べたら環境は遥かに恵まれています。フランス料理のレベルも格段にアップしました。でも問題は常にあります。店のレベルが高くなればなるほど、客の要求も高くなり、もっと良いもの、もっと素晴らしいものが求められるからです。私たちはそれに、常に応え続けなければなりません。ロオジエが35年間、一流レストランの地位を維持しているのは、客の要求に応え続けてきたからに他ならないのです。
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